東京家庭裁判所 昭和49年(家イ)4027号 審判 1975年3月13日
申立人
X 女
一九三八年一一月一九日生
右代理人弁護士
甲野太郎
相手方
Y 男
主文
一 申立人と相手方とを離婚する。
二 当事者間の子A(一九六三年三月二七日生)、同B(一九六四年九月一九日生)の各監護権者を、母である申立人と定める。
三 相手方は申立人に対し、A、Bの各養育料として、昭和五〇年三月から各人が成年に達するまで一カ月一人当り金一〇、〇〇〇円宛を毎月末日限り○○銀行○○支店の申立人名義の普通預金口座に振込んで支払え。
理由
申立人代理人は主文同旨の審判を求め、申立理由として次のとおり述べた。
申立人、相手方はともにインド国籍を有するが、ともに肩書地に居住している。申立人は一九六二年九月二八日相手方と、インドにおいて、インドの特別婚姻法(一九五四年法律第四三号)に基づいて婚姻し、一九六三年三月二七日長男Aを、一九六四年九月一九日次男Bをもうけ、申立人は看護婦、相手方は技術者として働いていた。相手方は一九六四年八月頃仕事の関係で来日し、申立人は一九六五年七月頃前記二人の子を連れて来日し、相手方と同居していたが、被告は来日後申立人を些細な事で殴つたり蹴つたりして暴行を加えたばかりでなく、某女と不貞行為をしたため、申立人はこれに堪え難くなり、一九七三年三月上旬頃から事実上別居し、その後申立人から相手方に対し同居を求めたが果さず、離婚に合意して、昭和四九年三月一一日東京家庭裁判所に離婚の調停申立(昭和四九年(家イ)第一三七五号夫婦関係調整事件)をし、右事件はインド法上の期間未経過の点などから不調となり、間もなく東京地裁に訴訟を提起し(同庁昭和四九年(カ)第一六六号離婚等事件)、右事件で調停に付されたものが本件調停事件であるが、すでに右離婚の申立をしてから一年以上経過しており、その間家裁による和合の調停の努力もされたが果さず、現在当事者双方とも離婚に合意している。よつて、法例一六条、インドの特別婚姻法(一九五四年)に基づき、離婚を求める。
相手方は、主文同旨の申立をし、申立人主張の各事実を認めた。
本件の国際裁判管轄権についてみるのに、各公文書でその趣旨方式から官署が職務上真正に作成したものと認められる当事者双方の外国人登録証明書、当事者双方各審問の結果を総合すると、当事者双方はともにインド国籍を有し、肩書地に住所を有することが認められる。国際裁判管轄権を決定するについての住所はわが国の住所概念によるべきところ、右認定事実によると、当事者双方ともわが国に住所を有するから、わが国に裁判管轄権がある。ところで、わが国のどの裁判所が国内裁判管轄権を有するかは、わが国の法律に定めるところに従うべきものと解するところ、前記事実によると、本件については、当裁判所が管轄権を有する。インドの特別婚姻法に基づくと、家庭裁判所における審判離婚または調停離婚を認めず、したがつて、家庭裁判所に裁判管轄権がないことになるが、右法令は同国の国内にのみ効力を有し、わが国の裁判管轄権に何らの影響を及ぼすものではない。
前出の当事者双方の外国人登録証明書、各公文書でその趣旨および方式から各官署が職務上真正に作成したものと認められる当事者双方の婚姻証明書、子A、子Bの各外国人登録証明書、および、当事者双方各審問の結果を総合すると、申立人主張の各事実が認められる。
本件離婚の準拠法についてみるのに、法例一六条によれば、離婚原因発生時の夫の本国法によるべきところ、本件では、夫である相手方の本国法すなわちインド法によるところ、同国での離婚法は各宗派により異なり、当事者双方は特別婚姻法(一九四五年)に基づいて婚姻していることは前記婚姻証明書の記載から認められるので、法例第二七条第三項を準用し、インド国法のうち特別婚姻法を準拠法とするのが相当である。ところで同法第二八条によると、夫婦が一年以上別居しており、その間同居できず、双方が婚姻の解消に合意した後、双方の申立で、裁判所に協議離婚の申立をし、その申立後一年ないし二年の間に両当事者の申出により、裁判所が両当事者の意見を聞き適当な調査を行い、その婚姻が特別婚姻法に基づいて挙式され、離婚の申立が真意に基づくことが確認された場合に、裁判所は判決の日から有効に婚姻を解消する旨の判決をすることになつている。本件で、前記認定事実によると、当事者双方は、一九七三年三月上旬以後事実上別居し、申立人の同居要求にかかわらず相手方がこれに応ぜず、昭和四九年(一九七四年)三月一一日双方が離婚に合意して、東京家庭裁判所に調停申立をし、その後裁判所の数次にわたる調停を受けたが和合に達せず、それより一年以上経過した現在の時点でなお当事者双方が真意に基づいて離婚を求めているものであり、インド特別婚姻法第三八条の協議離婚の要件を具備している。しかし、同法では前記のように、家庭裁判所における調停離婚または審判離婚を原則として認めておらず、裁判所の判決による離婚の形成しか方法がない。
そこで、本件では、家事審判法第二三条(合意に相当する審判)を類推適用して、離婚の裁判をするのが相当であると解する。思うに、家事審判法第二四条(調停に代わる審判)の審判の本質は、調停案の提示であり、異議の申立がない場合は調停が成立した場合と同一に取扱われると解すべきところ、このような性質を有する家庭裁判所の審判は、インドの特別婚姻法に基づく協議離婚の判決と性質を異にし、調停離婚を認めないとの同法の趣旨にも反する。ところで、わが家事審判法第二三条の審判の性質に関しては争いがあるけれども、人事訴訟手続の簡易化(したがつて、審判の名は冠するが判決と同一。)という訴訟経済的要求と、身分事項の合意による実体法上の効果の実現という両者の性質をもつものと解すべきである。一般に離婚に関しては、調停において離婚の合意が成立すれば、直ちに調停離婚として効力が生じ、または、協議離婚の合意であつても任意に離婚届出すればよく、いずれにしても、離婚の合意のほかさらに裁判を経る必要がないので、家事審判法第二三条による離婚の裁判は存在しないものと解されている。しかし、本件のインド特別婚姻法による協議離婚は、夫婦の離婚の合意のほか、前記のような制限があり、さらに判決による形成を必要とする手続構造であつて、わが国でそれに最も近い手続法は、家事審判法第二三条をおいて外にないからである。
なお、前記のようなインド特別婚姻法による協議離婚手続は、わが民法と著しく異なるけれども、当事者双方がインド国籍を有する者の間の離婚では、わが国との風俗習慣の合理的な相異は尊重されるべきであつて、右婚姻法規を遵守すべきであり、それを認めても、もともとその規定の適用が除外されるわが国市民の公序良俗を害する程重大な結果を生ずるものではないから、法例第三〇条(公序良俗則)は適用しない。
つぎに、子の監護の準拠法についてみるのに、本件では離婚に際して子の監護を定めるべき場合であるから、離婚の準拠法である法例第一六条によることが相当で、本件では相手方の本国法すなわち、インド法によるところ、前記の離婚の準拠法と同様、インドの特別婚姻法によることとなり、同法では、裁判所は離婚判決に際し、未成年者の監護養育に関し可能なかぎり子の意思を尊重して適当な命令をすることができる旨定めている。
前出A、Bの外国人登録証明書、当事者双方審問の結果を総合すると、当事者間の子A、Bはともに現在申立人と同居しその監護を受け安定した生活を送つていること。申立人は看護婦をして月収金五〇、〇〇〇円を得、相手方は技術者として月収金一四〇、〇〇〇円を得ていること。当事者間では、調停手続の中で、子A、Bの監護者を母とし、相手方が申立人に対し、主文第三項記載のように養育料として一人当り一カ月金一〇、〇〇〇円宛を支払う旨合意していることが認められる。以上の事実および前記各認定事実によると、子A、子Bの福祉のためには、右当事者間の監護者および養育料支払に関する合意は相当であるから、前記インド特別婚姻法の規定に基づき、その命令をする。なお、その手続については、人訴法一五条を準用する。
よつて、調停委員沢木敬郎、同佐藤光子の意見を聞いた上、主文のとおり審判する。 (高木積夫)